東京地方裁判所 昭和55年(ワ)3350号 判決 1984年9月20日
原告
佐藤賀子
右訴訟代理人
安原幸彦
宮川泰彦
塚原英治
大川隆司
山本政明
被告
日本航空株式会社
右代表者
高木養根
右訴訟代理人
渡辺修
竹内桃太郎
吉沢貞男
宮本光雄
山西克彦
冨田武夫
主文
1 被告が原告に対してした昭和五五年三月三日付け懲戒減給処分が無効であることを確認する。
2 被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和五五年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 主文第1項と同旨。
2 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、別紙(一)記載の内容の文書を交付せよ。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 第2項及び第4項について仮執行宣言。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一請求原因
1 当事者
原告は、昭和四三年一一月二九日被告会社に入社し、昭和五四年一一月二五日当時には、国内線パーサーの職位を有する客室乗務員であり、日本航空客室乗務員組合(以下「客乗組合」という。)に所属する組合員であつた。
被告は、肩書地に本社を置き、国際線及び国内幹線における定期航空運送事業を主たる目的とする航空会社である。
2 業務管理上の処分の存在
被告会社は、原告が昭和五四年一一月二五日に被告会社の業務命令に従わず乗務を拒否したとして、客室乗務員資格審議委員会の決定に基づき、同年一二月一三日付けで、原告に対し、「業務管理上の処分として、昭和五四年一二月二〇日から昭和五五年二月一九日までの二か月間、国内線パーサーとしての資格に次のとおり制限を付し、国内線パーサーとしての資格不十分な点を体験的に自省を求めることとする。(1)国内線アシスタントパーサーとして勤務せしめる。(2)賃金の取扱いはパーサーの下位職代行時と同じとする。」旨の処分を行つた。
右処分について原告は再審議申立てを行つたが、被告会社は、昭和五四年一二月二九日付けで原処分を維持する旨の決定をし、原告の資格を制限する期間については同年一二月三〇日から昭和五五年二月二九日までの二か月間に変更した。
右処分の理由は、原告の行為が、「(1)会社の業務命令に対して自己の正当でない判断基準を優先させてこれに服さなかつたことは、日本航空職員たる国内線パーサーとして基本的な認識の欠如である。(2)先任客室乗務員として部下を指揮し業務を完遂すべき立場にありながら、自己の誤つた判断により部下をも含めて乗務不就労という事態を招来し、その結果社内関係部門に無用の混乱を生ぜしめたことは、国内線パーサーとしての自己の責任と権限に関する認識に重大な欠落がある。」との二点において、先任客室乗務員たる国内線パーサーとして極めて不適切なものと判断され、以上の理由により原告は、「国内線パーサーの資格要件たる判断、指導、統率、規律、責任感等に不十分な面がある。」というものであつた。
右処分は下位職代行を命ずる業務命令と理解すべきものであろうが、これにより、原告は、労務の内容が下位職のそれとなつたばかりでなく、賃金面においても乗務手当等が下位職の単価により算出されるという不利益を受けた。
3 懲戒処分の存在
更に、被告会社は、表彰懲戒委員会の決議及びこれに対する原告の異議申立てについての同委員会の決定に基づき、昭和五五年三月三日付けで、原告に対し、原告の前記行為が就業規則五七条一項A号(正当な理由なく、業務上の指示又は命令に従わないとき)及びB号(正当な理由なく就労しないとき)に該当するとの理由で、減給の懲戒処分を行つた。
減給処分の内容は、就業規則五九条一項二号により、一回につき平均賃金の一日分の半額をその決定の翌月払いの賃金から減額し、将来を戒めるものと定型化されており、原告については、同年四月度の賃金支払日である四月二五日に右のとおり執行された。また、客室乗務員の賃金の基本的部分は基本賃金と乗務手当とから成り、基本賃金についての定期昇給の幅は成績査定に基づき一号俸から五号俸までの開きがあつて、三号俸昇給を標準とするところ、懲戒処分を受けた者については情状酌量の余地がない限り標準昇給を期待し得ない旨の定めが被告の賃金規程にあるため、右処分は原告のその後の処遇にも影響することとなつた。
4 被処分事実等の公表
被告会社は、右各処分の原因となつた事実を、次のとおり社内に周知させる行為をした。
(一) 「機内サービス速報」による周知
被告会社は、客室乗員部編集の昭和五四年一二月二一日付け「機内サービス速報」の中で、「注意」との標題の下に、機材故障が原因で当日の乗務パターンの変更措置を先任客室乗務員を勤めていた某パーサーに指示したところ、勤務協定違反であり組合の了解がなければ応じられないと主張し、結果として乗務をしなかつた、との事実関係を紹介したのち、「かかる言動は、誤つた権利主張にとらわれるあまり、会社職員として基本的に備えていなければならない職務遂行義務に対する認識を欠くものであり、特に先任客室乗務員という立場にある者の言動としてその与える影響も大きく、極めて遺憾なこと」と評価した。「機内サービス速報」は通常パーサー以上の客室乗務員に定期的に配布される一種の社内報であるが、本号に限り客室乗務員全員に配布された。
(二) 社内掲示による周知
被告会社は、昭和五四年一二月一三日から羽田、成田等の空港内にある業務連絡用掲示板に、客室管理部長及び客室乗員部長の連名で「注意」と題する文書を掲示し、その中で、最近、当日の勤務割変更指示について先任客室乗務員の誤つた判断が行われた結果、業務に支障を来したケースが何件か報告されているとして、当日の勤務割変更は被告会社が業務命令として当然できること、業務命令について組合の了解は不要であることの二点に改めて留意されたいと主張した。右掲示板は、業務上の必要連絡事項が掲示されるため、出勤した客室乗務員全員が必ず目を通すものである。
(三) 「翼とともに」による周知
被告会社は、勤労部編集の社内刊行物である昭和五五年二月二〇日付け「翼とともに」の中で、重ねて本件に触れ、「Sパーサー」の言動は職場に大きな混乱をもたらした、「Sパーサー」の言動は業務命令拒否に当たると指摘し、これを全従業員に配布した。
(四) 「デイリー・スケジュール」の表示
被告会社の客室乗員部においては、当日飛行する全便について各便単位に乗務する客室乗務員の氏名を職位別に表示した「デイリー・スケジュール」と題する書面を作成し、毎日同部のカウンター上に置いて一覧に供しているが、右書面では、下位職代行を命じられた乗務員の氏名は下位の職位欄に記載されるとともに、氏名の後に本来の職位が括孤書きで表示されることになつている。原告については、昭和五四年一二月三〇日から昭和五五年二月二九日までの間のすべての「デイリー・スケジュール」において、AS欄(アシスタントパーサーを表示する欄)に「佐藤賀子(PS)」と表示され、パーサーたる原告が右の期間中アシスタントパーサーとしての勤務を命じられたことが公表された。
5 各処分の違法無効と被告会社の不法行為
しかしながら、原告には被告会社の適法な業務命令に従わず乗務を拒否した事実はなく、第2項及び第3項記載の各処分は、いずれもその前提において事実を誤認し、かつ、法的評価を誤つた違法、無効のものである。
被告会社が原告を右の違法、無効な各処分に服させたことは、原告に対する不法行為を構成する。また、被告会社が原告に異例の長期間にわたり下位職を代行させたこと及び前項記載の被告会社の各行為は、原告に労働契約上何らの義務違反がないにもかかわらず、事実上名指しで、原告が客室乗務員としてあるまじき非行をし、パーサーとして不適格である旨の非難を長期間にわたつてしたものであつて、原告の名誉を毀損する不法行為を構成する。
6 原告の損害
原告は、右各不法行為自体によつて筆舌に尽くし難い精神的苦痛を受けたばかりか、右懲戒処分の効果として、昭和五五年度の昇給が標準の三号俸より一号俸少ない二号俸にとどまり、かつ、その後の昇格時期も遅れるという不利益をも受けており、このことによる精神的苦痛をも考え合わせると、原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては金一〇〇万円を下らない金員が相当である。
また、これと併せて、原告の名誉を回復する措置として、別紙(一)記載の内容の陳謝文の交付が適当である。
7 よつて、原告は、被告に対し、本件懲戒処分の無効確認を求めるとともに、前記不法行為による精神的苦痛に対する慰謝料金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年四月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに名誉回復の措置として別紙(一)記載の内容の陳謝文の交付を求める。
二請求原因に対する認否
1 請求原因第1項ないし第4項の事実は認める。
2 同第5項及び第6項は争う。
三抗弁
1 本件各処分の前提事実
(一) 原告の乗務スケジュール
被告会社は、昭和五四年当時、東京、大阪及び福岡の三空港に国内線客室乗務員の基地を置いており、客室乗務員らは、いずれかの基地に属していて当該基地へ通勤可能な地域に居住し、その一連の乗務における最初の労務提供地は必ず基地となつていた。原告は、東京の基地に属しており、部下である七名の乗務員(アシスタントパーサー四名、内一名はスチュワーデス職務代行、スチュワーデス三名)と共に、本件前日の昭和五四年一一月二四日、九二七便(福岡発沖繩行)、九二六便(沖繩発福岡行)及び三二六便(福岡発大阪行)に乗務したあと、連続三日乗務の最終日である翌二五日、三一九便(午後三時五〇分大阪発福岡行)及び三七二便(福岡発東京行)に乗務して基地である東京に帰着するため、大阪市内の東洋ホテルに滞在していた。
被告と客乗組合との勤務協定(以下(勤務協定)という。)によると、客室乗務員の勤務時間は、右のような一連の乗務の場合、その日の最初の予定出発時刻の一時間前に始まり、この時刻をショウアップタイムと称し、右時刻までに被告会社の空港支店内の所定の場所に出頭すべきものとされていた。大阪滞在の場合は、ショウアップタイムの三〇分前に被告会社差し回しのタクシーで滞在ホテルを出発することになつており、この時刻をピックアップタイムと称し、ピックアップタイム以前は休養時間とされていた。したがつて、本件当日の原告らのショウアップタイムは午後二時五〇分、ピックアップタイムは午後二時二〇分であつた。
(二) 原告の勤務変更とその理由
(1) 昭和五四年一一月二五日、九〇〇便(沖繩発東京行)として運航中のJA八五三七機(DC一〇型)の第一エンジンに異常が認められ、羽田空港到着後午前一一時ころから整備が始められたが、容易に修復の目途が立たなかつた。同機は、九〇〇便の後、別紙(二)のとおり、三五九便、九二七便、九二六便、三二六便と運航される予定であり、三二六便の大阪到着は午後八時三五分の予定であつた。ところが、大阪空港は午後九時以降の離着陸が禁止され、三二六便は予定どおり運航されても右時刻まで二五分しか余裕がなかつたから、右故障により三五九便としての東京出発が遅れれば、その後の運航で遅れを取り戻しても午後九時までに大阪に到着することは不可能とみられた。
そこで、機材を変更して前記各便を運航することとしたが、そのころ羽田空港にあつた同型のJA八五三二機は五〇九便として午前一一時三〇分札幌に向けて出発予定であり、午前一一時一〇分には旅客の搭乗も始まつており、これを代替機として使用することはその後のスケジュール上も困難であつた。そのため、既に三五六便として福岡を出発し、東京に午後零時二五分到着予定の同型のJA八五三一機を、東京到着後三五九便、九二七便及び九二六便として使用することとした。三五九便の東京出発予定時刻は午前一一時四〇分であつたところ、三五六便の東京到着を待つて三五九便を運航したのでは約一時間二〇分の遅延が見込まれるが、やむを得ない措置であつた。しかし、右のように出発が遅延している以上、九二六便(沖繩発福岡行)に続いて三二六便(福岡発大阪行)として運航し、午後九時までに大阪に到着することは不可能であつた。そこで、三二六便を午後九時までに大阪空港に到着させる唯一の方法は、三一九便(午後三時五〇分大阪発午後四時五〇分福岡着)として運航される同型のJA八五三六機を、福岡到着後、予定されていた三七二便(福岡発東京行)及び三七七便(東京発福岡行)に代え、三二六便として使用することであつた。三七二便には、前記のとおり九二六便として福岡に一時間二〇分遅れて到着するJA八五三一機を充て、三七七便には羽田で別機材を投入することにより、全便を欠航させることなく運航することが可能であつた。
以上のJA八五三一機、JA八五三六機及びJA八五三七機の機材繰り関係をまとめると、当初の予定が別紙(二)、変更後のものが別紙(三)のとおりとなる。
(2) このような機材繰りの変更により、乗務員のスケジュールにも大幅な変更が必要となつた。
まず、九二六便乗務の山田パーサーのグループは引き続き三二六便に乗務する予定であつたが、前記のとおり、九二六便と三二六便は使用機材が異なることとなつたうえ、九二六便は予定より一時間二〇分程度の遅れが見込まれ、仮に運航途中に空港での地上滞留時間を短縮したとしても、福岡到着は早くても午後七時二五分ころと予想されたので、乗換えに必要な時間、九二六便の乗客の見送りや三二六便の乗客の出迎えに必要な時間を考慮すると、同グループが大阪空港の着陸時間が制限されているため午後七時三五分の定刻に福岡を出発しなければならない三二六便に乗務することは不可能となつた。
そうすると、三二六便に乗務し得るのは三一九便で大阪から到着するグループしかなく、同グループを三二六便にも乗務させざるを得ない状況であつた。ところが、三一九便の乗務予定者は前記のとおり原告をパーサーとするグループであつたところ、このグループを三一九便に乗務させた後三二六便にも乗務させると、大阪到着は午後八時三五分となり、午後八時四〇分の大阪発東京行最終便に乗り継ぐことができず、その日のうちには東京に帰り着けないことになる。しかし、原告らのグループは、前記のとおり当日が連続三日乗務の最終日である三日目の勤務であり、勤務協定上必ず同日中に原告らの基地である東京に帰着させなければならないという制約があつたため、原告らのグループを三一九便及び三二六便に乗務させることはできなかつた。
そこで、当日乗務二日目で一五四便(午後二時大阪発成田行)及び一五三便(成田発、午後六時一〇分大阪着)に乗務予定であつた林チーフパーサーのグループを三一九便及び三二六便に起用し、原告らのグループには林グループの乗務予定であつた一五四便及び一五三便に乗務させ、一五三便で大阪に到着後、一二八便(午後八時大阪発東京行)にデッドヘッド(機内乗務に従事することなく客席に搭乗して移動することをいう。)して東京に帰着させることとした。
(3) 原告に対するスケジュール変更の理由は右のとおりであつて、この変更は、JA八五三七機に生じた故障にもかかわらず全便の運航を確保し、三二六便を午後九時までに大阪に到着させ、しかも勤務三日目の原告らのグループを同日中に東京に帰着させるという三個の制約の下においては、完璧な措置であつた。
なお、被告会社は、基地である空港にはスタンドバイ要員を待機させており、その本件当日における人員は、福岡においては三名であつたが、東京においては一九名であつたので、この中から必要な人員をデッドヘッドで福岡に送れば、原告らのグループの勤務を変更しないでも三二六便は充分に運航可能であつた。しかし、本件当日はこの措置を採らなかつた。その理由は、第一に、前記のとおり三二六便はスケジュール変更により交替乗務員の確保が可能であつて、特にスタンドバイを起用する必要がなかつたからであり、第二に、前記機材故障に伴うスケジュール変更に伴い、九〇九便(午後六時五〇分東京発沖繩行)についても本来予定されている乗務員が乗務できないことがほぼ確実とみられ、これに起用するため、東京のスタンドバイ要員を温存しておかなければならなかつたからである。
(三) 勤務変更指示と原告の拒否
(1) 前記の勤務変更を原告に指示するため、同日午後零時二五分ころ、国内乗員室の命を受けた被告会社の大阪空港支店航務課の担当者が前記東洋ホテルに電話したところ、二名のスチュワーデスはホテルにいたものの原告は不在であつたため、このうち一名のスチュワーデスに一五四便及び一五三便へのスケジュール変更を告げるとともに、原告にもその旨伝言するようホテルに託した。
午後一時四五分ころ、原告から前記航務課に電話があつたので、同課の担当者は、機材故障に起因したトラブルによりスケジュール変更となり、一五四便及び一五三便に乗務、一二八便でデッドヘッドとなつたので直ちに出頭するよう指示した。この時点においては、仮に原告が指示どおり直ちに出頭しても、午後二時発の一五四便の遅延は免れないところであつたから、被告会社としては既にデイレイセット(出発便遅延の措置)を完了していた。
(2) ところが、原告は、右指示に対し、当日の勤務変更は勤務協定違反であるから、組合の了解なしには乗務できないと主張して、これに従うことを拒否した。右担当者は、まず乗務し、問題があるなら後刻異議申立てをするよう説得したが、原告は、同趣旨のことを述べて再度これを拒否した。右担当者は、原告に乗務の意思がないとみて羽田の客室乗員部にその旨連絡した後、再び説得のため原告に電話したが、このとき原告は部屋におらず連絡は取れなかつた。
(3) 右連絡を受けた羽田客室乗員部では、当直先任であつた水田先任チーフパーサーが午後二時ころ東洋ホテルへ電話し、ロビーにいた原告に対し、シップトラブルにより勤務予定が変更となり、一五四便及び一五三便の乗務、一二八便のデッドヘッドとなつたので乗務するよう再度指示したが、原告は、当日の勤務変更であるから組合からの指示がなければ乗務しないと再びこれを拒否した。水田は、原告に制服を着用しているか否かを質したところ、私服でロビーにいるとの返答であつたので、直ちに制服に着換え乗務せよ、いつまでも乗務しないと乗務拒否になると警告したが、原告は、乗務は受けないと述べて、これを拒否した。
(四) 客乗組合への協力要請
(1) 水田が原告に電話している間、右事情を聴いた同部の黒沢先任チーフパーサーは、欠航という最悪の事態を避けるため、客乗組合に原告の説得を依頼しようと考え、午後二時ころ、客乗組合の安慶名副委員長に電話して協力方を依頼した。
ところが、安慶名は、当日の勤務変更は組合との協議事項であると主張し、この点について黒沢と押し問答をした後、一五四便の乗務のみで成田で勤務を打ち切るということでどうか、と申し出た。これに対し、黒沢は、一応検討すると言つて電話を切つた。
(2) 黒沢が前記のとおり安慶名との電語を切つたころ、水田も原告への電話を終えていたので、両名は協議のうえ欠航覚悟で組合の申出を拒絶することとし、午後二時一三分ころ黒沢が客乗組合に電話したが、安慶名は他と電話中であつたため、折り返し電話するよう依頼して電話を切つた。その後まもなく安慶名から電話があつたので、まず黒沢が検討したが申出は到底認められない旨伝えたところ、安慶名が前同様に組合との協議事項である旨の主張を繰り返したため、黒沢は当初から本件に関与している水田に電話を代わつた。水田は、しばらくの間、安慶名との間で当日の勤務変更が勤務協定違反か否かについて押し問答をしていたが、午後二時二〇分ころ、後記(五)のとおり大阪空港支店航務課から尾崎グループが一五四便に既に搭乗した旨の連絡があつたので、安慶名に対し、他の方法で運航するが、原告らグループは業務拒否として処遇し、事実関係を業務上会社へ報告すると言つて電話を終えた。
(五) 一五四便の運航
被告会社の大阪空港支店では、(三)(2)記載の原告との電話の後、直ちに代替乗務員の手配を始め、午後二時一〇分ころには、当人らの了解を得たうえで、五七二便で午後一時二〇分に大阪に帰着し、一連の乗務を終了した尾崎戦時チーフパーサー以下八名の乗務員で一五四便を運航する手筈を整えていた。この経過は、適宜、同支店航務課から羽田の国内乗員室へ連絡されていたが、業務がふくそうしていたこともあつて、これが水田及び黒沢に伝えられたのは、(四)(2)の客乗組合との二度目の電話の途中であつた。
結局、一五四便は、尾崎に率いられた客室乗務員が乗務して午後二時三三分に大阪に出発した。
2 勤務変更の存在
(一) 客室乗務員の勤務態様
原告ら客室乗務員の勤務時間、休日等の勤務に関する諸条件は、勤務協定によつて律せられている。それによると、客室乗務員の勤務は種類及び休日を明示した勤務割表によるものとされ、勤務割表は原則として一か月単位で前月の二五日までに作成して各人に配布することとされている。そして、勤務協定は、勤務割表作成に当たつては同協定に定める事項に準拠しなければならないとしたうえ、勤務の種類、勤務時間、乗務時間の上限、所要の休日等の事項を定めている。
(二) 勤務変更の適否に関する勤務協定の趣旨
勤務協定は、前記のとおり被告会社が勤務割表によつて勤務を指示するに当たり依拠すべき勤務の基準を定めたものであるから、労働組合法一六条のいわゆる規範的効力により労働契約を直接規律する。そして、客室乗務員の日々の具体的な勤務の種類、その勤務の所定就業時間等は、勤務協定の定める基準に依拠して被告会社が作成配布する勤務割表によつて特定されるとするのが勤務協定の趣旨であるから、少なくとも具体的な勤務の種類、所定就業時間等の決定は、勤務協定上被告会社に付与された権利に属するといわなければならない。
そうすると、勤務割表によつていつたん指示された勤務を変更しうるか否かは、その勤務指示の権限を付与した勤務協定がこの点についてどのように定めているか、勤務協定全体の趣旨も含めてその合理的解釈によつて決するのが相当である。
そこで、勤務協定を見ると、少なくとも右の点に関する明文の規定はない。しかし勤務協定が、客室乗務員の勤務に関し、その勤務の種類、始業時刻、勤務時間等を他の地上職員のように固定的、一律に規定することなく、被告会社が勤務割表により毎月指示することとした趣旨は、定期航空運送事業に従事する勤務の特殊性に照らし、そのような固定的、一律の規制は実情にそぐわないという点に存するのであるから、いつたん勤務割表によつて勤務の指示をした以上は労働者の同意がない限り変更できないとすると、右勤務協定の趣旨はほとんど没却される結果となるばかりか運用上著しい不合理が生じることとなる。
したがつて、勤務割表による勤務の指示後であつても指示後に発生した年休、病欠等により当初の乗務スケジュールを変更せざるを得ない事態が発生したときは、被告会社において、運航確保に必要な合理的範囲内で勤務の指示を変更することができるとするのが、勤務協定の趣旨であるとみなければならない。
(三) 勤務変更を前提とした諸条項
(1) 勤務協定覚書Ⅰ二六は、次のとおり定めている。
「乗務を予定された乗務員のうち、不測の事態により乗務が不可能となり、かつその乗務員交替の措置が講ぜられない場合、東京においては客室乗員部長、出先においては空港支店長、空港支店長のいない地域においては、機長はその都度状況をよく検討し、欠員のまま乗務を命ずることがある。」
右のような場合、スタンドバイ要員を起用するのが原則ではあるが、これを置いていない海外や基地以外の空港においては、代替要員には他便に乗務予定の者をもつて充てざるを得ない。その場合の他便とは、当該欠員の生じた便より後に出発予定の便であることはいうまでもない。当該便より前に出発予定の者を起用したのでは、かえつてその者の代替要員を確保できなくなるおそれがあるからである。そして、このような措置が採られた場合、その代替要員にとつてみれば正に勤務時間の繰り上げであり、しかも当日に変更されることも当然にあり得ることである。右条項は、このような措置が採り得ないときに限り欠員で乗務を命じ得る旨定めているのであるから、むしろ通常は、当日の勤務時間の繰り上げにより乗員交替の措置を講ずべきものとして予定しているとみなければならない。
(2) 勤務協定五―八―一(1)は、次のとおり定めている。
「基地及び乗員宿泊予定地における休養時間は少くとも連続一二時間とする。なお、次の場合は乗員宿泊予定地において休養時間が一二時間未満であつても勤務することができる。ただし、その場合の休養時間は少くとも八時間以上でなければならない。
(a) 航空機の遅延が発生した場合
(b) 不測の事態により乗員交替の措置が講じられない場合」
右のうち、なお書き(a)は航空機の遅延により勤務終了時刻が遅れることによつて休養の開始時刻が遅れた場合であるが、同(b)は、不測の事態により他に乗務する者がいない場合には、休養時間中の者に対し、勤務開始時刻を繰り上げ、その結果休養時間が一二時間を切つても勤務を命ずることができる、という趣旨を含むものである。休養時間が一二時間を切つても勤務を命じ得る以上、原告らのグループは前日午後九時三三分から休養時間に入り、既に一二時間以上経過していたのであるから、このグループの勤務時間を繰り上げて一五四便の乗務を命ずることができるのはいうまでもない。
(3) その他、勤務協定五―五、六―二―二、六―二―五、六―四など、勤務変更を前提とした条項は随所に指摘することができる。
(四) 勤務変更に関する従前の慣行
(1) 昭和二七年一〇月の被告会社の自主運航開始直後の時点においては、客室乗務員の人数は四〇名前後であり、客室乗務員の勤務に関する協定もなく、スタンドバイという勤務態様もなかつた。具体的な勤務指示は勤務割表によつて行われていたが、乗務員が病気等により乗務できなくなつたときは、勤務を指示されていない手空きの乗務員を起用していた。
(2) 昭和三二年五月二二日、被告会社と客室乗務員の所属する日本航空労働組合との間で「客室乗務員服務細則」なる労働協約が締結された。右協約は、ほぼそれまでの運用の実態を明文化するとともに、スタンドバイという勤務を制度として新設する一方、「勤務割表は已むを得ない場合の外、変更することはない」(一二条七項)とし、やむを得ない事由が生じたときは勤務変更をし得ることを定めた。右協約締結後、当日も含めて勤務変更の行われたことは多々あつたが、右組合から協定違反であるとの主張がされたことはなく、個々の乗務員から異議が出たこともない。
(3) 前記協約は、昭和三八年二月八日に「客室乗務員の服務に関する協定」として改定され、詳細な規定が置かれたが、前記協約一二条七項に相当する規定は設けられなかつた。しかし、このころは、前記協約締結当時に比べると便数は二倍強となり、路線拡張も多く、これらに伴つて客室乗務員の数も急増していたから、勤務変更の事例も増加していたのであるが、右協定締結時には、組合からの勤務変更中止の申入れも組合員からの異議もなかつたため、右のような規定は、当然の事柄として協定全体の趣旨の中に包含され、特には規定されなかつたのである。
(4) 右協定が昭和三九年七月七日に改定された後、昭和四〇年一二月、それまで日本航空労働組合の支部であつた客室乗務員支部が分離独立して現在の客乗組合が結成されたことに伴い、翌四一年一二月一日「客室乗務員の勤務に関する協定書」なる労働協約が締結された。これは、その趣旨及び運用の実態において従前と格別異なつたものではなく、その後、昭和四五年一二月二三日、昭和五〇年一月及び同年九月二〇日にそれぞれ改定されて本件当時適用されていた勤務協定となつた。この間、路線、便数及び乗務員数ともに急増し、これに伴つて年休の取得、病欠等の件数が増加し、機材故障、気象条件等による運航ダイヤの変更も増加したのに対し、被告会社は、これまでと同様、スタンドバイの起用のみならず、当日も含めた勤務変更によつて対処し、運航を維持してきたのであつて、右数次にわたる協定改訂の交渉において、客乗組合が右のような勤務変更が協定違反であると主張したことはないし、組合員から異議が述べられたこともなかつた。
(5) 右のような実態は、単に被告会社だけでなく、同業の全日本空輸株式会社及び東亜国内航空株式会社においても等しく認められるところ、これほど広範囲に、しかも長期にわたつて異議なく行われてきた勤務変更が、すべて乗務員個々人との明示又は黙示の合意に基づくと解するのは不自然であつて、むしろ、合意の有無にかかわらず勤務変更の指示に従うのは当然であるという労使共通の認識に支えられていたとみるべきである。
よって、右は、民法九二条のいわゆる事実たる慣習として、当日も含めた勤務変更の可否について直接的な明文の規定を持たない本件協定の合理的解釈に当たり、当然に斟酌されなければならない。
(五) 以上によれば、勤務協定の解釈上、客室乗務員の具体的な勤務の内容は、協定によつて被告会社に付与された勤務の決定権限に基づき、原則として前月二五日までに被告会社が作成配布する勤務割表によつて指示特定されるが、このように指示特定された勤務も、勤務割表作成後にこれを変更すべきやむを得ない事由が生じたときは、右協定の基準に反しない必要最小限の範囲で、被告会社が一方的に変更し得るものといわなければならない。
もつとも、右勤務変更権も、協定上被告会社に与えられた権利である以上、信義則に従つて濫用にわたらないように行使すべきことはいうまでもない。したがつて、変更権を行使するについては、変更の理由が合理的であり、変更後の勤務が協定の定める基準に依拠しているなど内容上も合理的であることが求められるばかりか、変更すべき事由が発生したことを知つて遅滞なく行使するなど行使時期についても一定の制約は免れない。しかし、勤務変更を当日とそれ以前に分け後者は変更権の対象となるが前者はならないとする根拠は全くないし、同様に、変更後の勤務時間が変更前のそれより繰り上がつたか否か、時間が延長されたか否かという点も変更権の成否を決する事由ではない。右各事由は、具体的事案において、変更権の行使が権利の濫用となるか否かを判断する際に考慮すべき要素にすぎない。
3 本件勤務変更指示の正当性
(一) 業務上の必要性等
本件勤務変更の理由は前記のとおり機材故障というやむを得ない事由に基づくものであつて、右事由発生時点における被告会社の判断とこれに基づくスケジュール変更は、その結果からみても合理的なものであつたことが明らかである。
(二) 原告の受ける不利益の有無等
原告が本件勤務変更の指示を受けたのは、三日間に及ぶ一連続の乗務スケジュールの最終日にあたる一一月二五日の休養時間中であり、場所は会社の指定ホテルである東洋ホテルであつた。休養時間は、一連の乗務スケジュールの中で乗務に備えて休養するためのものであるが、前記のとおり勤務協定によれば、原則として連続一二時間の休養時間が与えられた後はいつでも乗務を命ずることができるし、国内線にあつては、乗員宿泊予定地での不測の事態に対する代替要員確保の困難性から、これを八時間に短縮して起用することを認めていること、治安、風紀上のみならず右の起用等の乗員のスケジュール管理上からも、指定ホテル以外での宿泊が禁じられていること、滞在中の不要な外出は極力避け、外出する場合には自己の居所は常に明確にしておくよう心掛け、特に長時間ホテルを離れる場合は必ず先任客室乗務員又はそれに代わるべき者にその旨連絡し、できれば外出時における連絡先などを知らせておくよう指示されていることなどからすれば、右の休養時間は、拘束時間といわなければならない。そうであれば、拘束時間にある原告に対し、当日に至り勤務を繰り上げ変更することは、拘束時間内における勤務開始時刻を早めることに外ならず、それが原告に生活上その他の不利益をもたらすとは速断し得ない。
特に本件においては、原告は既に一二時間以上休養しており、原告が直接指示を受けた午後一時四五分ころは、変更前のスケジュールによつても、ピックアップタイムの午後二時二〇分までの間に制服を着用するなどの準備を開始すべき時刻であつたうえ、本件変更指示も、準備でき次第空港に出頭するようにというものであるから、格別不利益なものではない。
他方、原告の変更前のスケジュールでは東京到着が午後七時三五分であつたのに対し、変更後のそれは午後九時であつたから、勤務時間は形の上では一時間二五分延長されることになる。しかし、変更後のスケジュールの最後はデッドヘッドであつて、これは、勤務協定上勤務の一種とはされているが、機内業務に従事することなく、単に機内で拘束されているだけであつて、勤務時間としてはその二分の一が算定されるにすぎないことからも明らかなように、労働負荷は極めて軽微といえるから、右程度の勤務延長をもつて本人に著しく不利な内容ということはできない。
また、原告は、本件勤務変更の指示に対し、勤務協定違反を理由にこれを拒否したのみであつて、右指定ホテルにおいてはもとより、帰着後の東京においても、右変更により私生活上何らかの具体的支障が生ずる旨主張したことはなかつた。
(三) 以上を総合すると、本件勤務変更指示は、その必要性及び合理性に欠けるところがないし、原告がこれに従つても法律上及び事実上の不利益がないか、あつたとしても右のとおり所定勤務時間内における軽微な内容の労働の延長にすぎないのであるから、正当なものであつたというべきである。
4 本件各処分の正当性
原告の行動は、前記のとおり正当な勤務変更指示に対する合理的理由のない乗務拒否である。原告は、先任客室乗務員として、配下乗務員を適切に指揮監督し、乗務を完遂すべき職責を有しているにもかかわらず、当日の勤務変更は勤務協定違反であるという何らの根拠もない独自の見解に立つて自ら乗務を拒否したばかりか、既に被告会社の指示に従うべき乗務の準備をしていた配下の乗務員らに対しても乗務の必要はない旨指示して乗務させなかつたのであつて、原告のこのような行動は、先任客室乗務員として不見識極まりないものであつたといわなければならない。
被告会社は、同年一一月二九日に原告から事情を聴取し、その考え方を質したが、原告は、何ら反省することなく、自己の措置が正しかつたと繰り返し述べるのみであつた。原告が右のような考え方を改めないまま先任客室乗務員として乗務する限り、同種の事態に対して同種の行動に出ることは必至とみられ、かくては運航の確保に重大な懸念が生ずるばかりか、配下乗務員の秩序維持にも深刻な悪影響を及ぼすことは避けられない。
右事情に照らすと、被告会社が原告に対し、アシスタントパーサーとして勤務させて自省を求めるために請求原因第2項記載の業務管理上の処分を行い、就業規則に基づき同第3項記載の懲戒処分を行つたことは、いずれも正当である。
四抗弁に対する認否及び反論
1(一) 抗弁第1項(一)の事実は認める。
(二)(1) 同項(二)(1)のうち、機材故障が発生した事実及び被告会社がその主張の判断の下にその主張の措置を採つたことは認めるが、JA八五三二機を三五九便として使用することが困難であつたこととその理由は争う。
(2) 同項(二)(2)のうち、被告会社がその主張の判断の下にその主張の措置を採つたことは認めるが、九二六便の遅延の程度、山田パーサーのグループが三二六便に乗務することが不可能になつたとの点、及び同便に乗務し得るのが原告らのグループのみであつたとの点は争う。
(3) 同項(二)(3)は争う。本件のような勤務割の不時の変更に備えるためにスタンドバイの制度があり、本件当日においても大阪、東京及び成田の各基地には会社が必要と見込む数の客室乗務員がスタンドバイをしていた。前記機材故障は当日午前一一時以前に発生しているのであるから、大阪、東京又は成田のスタンドバイ要員を三二六便の出発予定時刻の一時間前である午後六時三五分までに福岡へ送ることは十分可能であり、このような措置を採つていれば、原告はもとより林チーフパーサーのグループも、当初の勤務割を変更する必要は全くなかつた。
(三)(1) 同項(三)(1)のうち、被告主張のとおり、原告が被告会社の大阪空港支店航務課に電話して指示を受けたことは認める。ただし、原告が勤務変更の理由を告げられたことは否認する。
(2) 同項(三)(2)の事実は否認する。原告は本件勤務変更指示につき客乗組合が了解しているか否かについて質問し、航務課職員がその確認を約したにすぎない。
(3) 同項(三)(3)のうち、水田から原告に対し、被告主張のとおりの勤務変更の指示があつたことは認めるが原告が乗務を拒否したことは否認する。原告は、客乗組合との話合いを求め、同組合の指示に従うとの対応をしたのである。
(四)(1) 同項(四)(1)のうち、黒沢から安慶名に対し被告主張のとおりの依頼があり、安慶名が被告主張のとおりの対案を示したことは認める。なお、右電話の際、黒沢は一二八便のデッドヘッドについては座席が確保されていないと述べ、安慶名は、対案について黒沢が検討すると答えたため、これが受け入れられるものと理解した。
(2) 同項(四)(2)のうち、被告主張のとおり、黒沢からの一回目の電話のとき安慶名が他への電話中であつたこと、二回目の電話の際に黒沢が安慶名の対案を拒絶し、安慶名が黒沢及び水田と勤務協定違反か否かについて押し問答をしたこと、及びその途中に大阪からの連絡が水田に伝えられたためこの点についての押し問答が終わつたことについては認める。なお、右連絡があつた後、安慶名は水田に対し、会社への報告書中に乗務拒否に当たるとの意見を付さないよう要請し、水田は「分かつた」と返答した。
(五) 同項(五)の事実は認める。
2(一)抗弁第2項(一)の事実は認める。
(二) 同項(二)のうち、勤務協定に勤務変更に関する明文の規定がないことは認め、その余は争う。
(三) 同項(三)のうち、勤務協定覚書Ⅰ二六及び勤務協定五―八―一(1)の文言が被告主張のとおりであることは認めるが、その趣旨は争う。
(四) 同項(四)のうち、被告主張のとおり労働協約が締結され、又は改定されたことは認める。また、今日まで、当日におけるものも含めて勤務変更の事例があつたことは認めるが、当日の勤務変更事例がそれほど多かつたとは考えられないし、そのような事例でも乗務員が任意に応じた場合もあると考えられるから、右のような事例が存するからといつて、被告が一方的に勤務変更を命じ得る旨の事実たる慣習が成立したとはいえない。かえつて、前記労働協約の変遷に照らすと、スタンドバイ制度の成熟に伴い、乗務員は当日の勤務変更命令から解放されたと解すべきである。
(五) 同項(五)は争う。
3(一) 抗弁第3項(一)は争う。
(二) 同項(二)は争う。休養時間は勤務時間外であり、しかも勤務協定一―七の趣旨に照らすと、これを拘束時間と解することはできない。
(三) 同項(三)は争う。被告会社には当日に始業時刻の繰り上げを命じる権限がないうえ、本件勤務変更指示は勤務時間外にされているのであるから、原告にはこれを受ける義務すらない。本件勤務変更指示は、業務命令としては無効であり、協力要請の範囲でしか意味を持たない。
4 抗弁第4項は争う。被告会社の本件勤務変更指示は業務命令としては無効であるうえ、原告は、右指示を拒否したのではなく、被告会社と客乗組合との交渉を求めていたにすぎないし、結果的に原告は乗務しなかつたのであるが、それは、原告の行為に起因するものではなく、被告会社の大阪空港支店が他のクルーを起用した結果である。
よつて、本件懲戒処分等は、いずれもその前提事実を欠き、違法無効である。
第三 証拠《省略》
理由
一請求原因第1項(当事者)、第2項(業務管理上の処分の存在)、第3項(懲戒処分の存在)及び第4項(被処分事実等の公表)の各事実については、当事者間に争いがない。
また、抗弁第1項の右各処分の前提となつた事実関係のうち、被告会社が東京、大阪及び福岡の三空港に客室乗務員の基地を置いており、客室乗務員らはそのいずれかに属していて基地へ通勤可能な地域に居住し、一連の乗務は必ず基地から始まること、原告は東京の基地に属しており、本件前日及び当日の原告とその部下らの乗務スケジュールが同項(一)記載のとおりであつて、本件当日の原告の勤務開始時刻であるショウアップタイムが午後二時五〇分、滞在していた東洋ホテルを出発すべきピックアップタイムが午後二時二〇分となつており、ピックアップタイム以前は休養時間となつていたこと、当日同項(二)(1)記載の機材故障が発生したため、被告会社が同所記載の判断をして、機材繰りを当初予定の別紙(二)記載のものから別紙(三)記載のものに変更したこと、機材繰り変更に伴つて被告会社が客室乗務員の勤務スケジュールを変更することとし、同項(二)(2)記載の判断の下に、原告らのグループの勤務変更を含む同所記載の内容の変更をしたこと、並びに原告らの休養時間中の午後一時四五分ころ、原告が被告会社の大阪空港支店航務課に電話した際、同課職員が原告に対し、右勤務変更を伝え、直ちに出頭するよう指示したことについては、当事者間に争いがない。
二 勤務変更を命じる権限の有無
本件における第一の争点は、被告会社がその従業員に対して、右のように勤務開始の時刻を繰り上げることとなるような勤務変更の指示を、休養時間中に一方的に命じ得るか否かにあるので、まずこの点を検討する。
1被告会社の客室乗務員に関する諸条件が抗弁第2項(一)記載のとおり勤務協定によつて律せられること、勤務協定によると、具体的な勤務の内容及び休日はこれを明示した勤務割表によつて決まり、勤務割表は原則として一か月を単位として前月二五日までに各人に作成配布されること、勤務割表作成後に被告会社が一方的に勤務変更を命じ得るか否かについては同項(二)記載のとおり明文の定めがないことについては、当事者間に争いがない。
2そこで、被告が抗弁第2項(三)で指摘する諸条件についてその趣旨を検討する。
(一) 勤務協定覚書Ⅰ二六(その文言が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。)は、その文言によると、勤務を予定されていた客室乗務員の一部に欠員が生じた場合において、代替要員によるその欠員の補充がされないときは、状況によつて欠員のまま残りの者に乗務を命じてもよい旨の規定である。したがつて、欠員が生じた場合には、まずもつて、乗務員交替による補充の措置が講じられるべきことは当然その前提となつてはいるが、それ以上に、その乗務員交替の措置の具体的方法まで明らかにしたものではなく、被告会社が予定外の者に対して一方的に勤務変更を指示し、欠員補充を命じ得るか否かについては、この規定からは断定できない。
なお、<証拠>によると、客乗組合は、その作成のビラにおいて、基地以外の空港で客室乗務員の一部に急病者が出て乗務ができなくなつたときには、被告会社は欠員のまま乗務を命じるべきではなく、まず第一に当該空港で既に勤務協定に定められた休養時間を取り終わつている者がいればその者を起用し、第二にそのような者がいないときには基地又は他の空港から交替乗務員を送るべきである旨主張していることが認められる。しかし、これによつても、右第一の場合に被告会社が一方的に欠員補充を命じ得るという前提に立つているとは断定できないし、右ビラは、その記載文言に照らすと、欠員を補充することなく乗務させられる当該グループの者の不利益を重視し、そのような事態はできる限り避けるべきである旨訴えることを主眼としたものであると解されるから、組合ビラという文書の性質をも考慮すれば、これ以外の問題についてまで客乗組合の見解をその記載から推認することは妥当でなく、後記3の客乗組合の基本方針に照らしても、右ビラの記載によつて客乗組合が右のような前提に立つているとは認められない。
(三) 勤務協定五―八―一(1)(その文言が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。)は、休養時間の長さを原則として一二時間以上とし、例外として八時間以上であれば一二時間未満でも勤務をすることができる旨を定めるものであるが、その例外を許す場合として(a)及び(b)の二つの場合を挙げている。このうち(a)は、航空機遅延により勤務時間の終了が遅れて休養の開始時刻が遅れても、次の勤務までに八時間以上の休養時間を取れるなら、予定どおり次の勤務に就き得るという趣旨のものにすぎず、(b)は、航空機の遅延以外の理由(例えば、空港と休養施設との間の自動車が道路渋滞のため遅延し、そのため休養時間の開始が遅れた場合)により、乗務員を当初予定の乗務に就かせたならば休養時間が一二時間を割る場合において、本来ならば乗務員交替の措置を講じるべきであるが、それができないときには、休養時間が八時間以上取れるなら当該乗務員を当初予定の乗務に就かせることができることを定めたものにすぎないと解すべきであつて、被告が主張するように、不測の事態によりある便に当初予定の乗務員が乗務できない場合に、他に既に八時間以上の休養時間を取つている者がいれば、その者を代替要員として乗務させることができるという趣旨まで含むものと解することはできない。なお、この規定においても、乗務員交替の具体的方法は明らかではない。
(三) 勤務協定六―二―二は、<証拠>によると、国際線において、当初予定の乗務員が乗務のための勤務開始後、フライト取消し又は乗務員交替により当初予定の便に乗務しなかつた場合のその後の勤務に関する規定であり、勤務時間が未だ五時間未満である場合には他便への代替乗務に就くことができる旨規定していることが認められる。
この規定では、その文言によると、まず、天候、航空機故障等の理由により、ある便に当初予定されていなかつた者が当初予定の者と交替して乗務することと、これによりその便に乗務しなくなつた当初予定の者が他便への代替乗務に就くことという二つの勤務変更が想定されているが、前者については、予定外の者といかなる根拠及び手続によつて交替するのかは明らかでない。後者については、ともあれ予定便に乗務しなくなつた者に対しては、被告会社が一方的に代替乗務を命じ得る趣旨と解されるが、それは、勤務時間開始後に発生した事由に基づき、右のような不乗務を前提条件として、勤務時間開始後に命じ得るものであることに注意を要する。
(四) 被告は以上のほかに勤務協定五―五、六―二―五及び六―四を指摘しているところ、<証拠>によると、これらは、いずれも客室乗務員の勤務条件についての規定であつて、勤務条件維持などのために勤務の変更をすることを前提としたものであることが認められるが、勤務変更の具体的方法については規定しておらず、被告会社がこれを一方的に命じ得ることを前提としているか否かについては明らかでない。
なお、右勤務協定五―五については、<証拠>によると、客乗組合が作成した右条項の解釈運用基準中に、乗務員交替の措置が講じられない場合の一例として交替資格を有する乗務員がいない場合が挙げられ、かつ、交替資格を有する乗務員の一例として勤務協定に定められた休養時間を取り終つた者が挙げられていることが認められるが、他方、被告会社がこのような交替資格を有する者に一方的に交替を命じ得るか否かについては何らの記載もないことが認められるし、後記3の客乗組合の基本方針に照らすと、右解釈運用基準は、被告会社が交替資格を有する者に一方的に交替を命じ得ることまでをも前提としているものとは断定できない。
(五) 以上によると、被告指摘の各条項は、主として、客室乗務員の勤務条件について原則的な基準を定めるとともに、これに対する例外を厳しく限定する趣旨のものであつて、そうした例外的事態を避けるために勤務変更をすることが前提になつてはいるが、(三)記載の代替乗務を命ずる場合を除き、被告会社が一方的に勤務変更を命じ得ることまでをも当然の前提としているものとは認められない。
そして、<証拠>によると、他に被告の主張を基礎づけるに足るまでの条項は存在しないし、勤務協定覚書Ⅱ四は、天災や治安上の理由による交通遮断等の理由で客室乗務員の乗務のための出頭が阻害されることが予想される場合においても、客室乗務員をショウアップタイム以前に出頭させるには、原則として被告会社が客乗組合に通告して理由を説明しなければならない旨規定していることが認められ、このように被告会社の責に帰すべからざる事由によつてその必要性が生じた場合でさえ、ショウアップタイム以前に出頭を命じることに右のような制約を定めていることからすると、勤務変更の関係でも、少なくともこのような予定時刻以前の出頭を伴う形での勤務変更については、勤務協定を厳格に解釈するのが相当である。
3客室乗務員の勤務条件に関する労働協約が抗弁第2項(四)記載のとおり締結され、改定されてきたことについては、当事者間に争いがない。
被告は、「客室乗務員服務細則」なる労働協約が結ばれた昭和三二年五月から本件が発生した昭和五四年一一月までの間に、勤務割表配布後に機材変更や気象条件等の理由により運航ダイヤを変更すべきことが多数回発生したが、その都度、当日におけるものを含めた勤務変更によつて対処し、運航を維持してきており、これに対して労働組合や個々の客室乗務員から異議が出たことはないから、このような勤務変更指示については、当該客室乗務員の同意の有無にかかわらずこれに従うべき旨の事実たる慣習が成立していると主張し、<証拠>には、本件発生前の一年間である昭和五三年一二月から昭和五四年一一月までの間に、被告会社の国内線において当日に至つて勤務変更の指示をした主な事例が九回あり、そのうちの七例は勤務開始時刻を繰り上げたものであることや、その変更の理由などについての記載がある。
他方、右事例中には原告自身の関与しているものもある(昭和五四年九月二八日の事例)ところ、<証拠>によると、この事例の場合、原告のグループはもともとその前々日から沖縄に宿泊しており、前日に当日と同様九〇四便(沖縄発東京行)の乗務を予定されていたのであるが、同便が台風のために欠航して沖縄に一泊せざるを得なくなり、当日九〇四便で東京に帰着することとなつていたのに、当日も台風の影響で同便が欠航し、原告としては、その日のうちに東京に帰着するには、同便の後に運航された臨時便に乗務するほかないと判断して勤務変更に応じたのであつて、被告の一方的な命令としてこれを受けたものでないことが認められる。また、証人伊藤泰史の証言中には、昭和四七年ころまでには、前日の午後六時から午後九時ころまでの間に個々の客室乗務員が被告会社のスケジュール班に電話をして翌日の出頭時刻と乗務パターンを確認するという乗務報告制度があり、その確認以後における勤務変更は一般には行われなかつたし、その後においても、勤務変更指示は協力要請の趣旨であると同証人は理解していたが、少なくとも昭和五三年ころまではこの協力要請もさほど頻繁には行われておらず、同証人自身は、昭和四八年ころ、当日の朝になつてからその日乗務すべき便を変更するよう協力要請を受けたがこれを拒否したとの部分があるし、<証拠>によると、被告会社の勤務変更指示に対して客室乗務員が異議を述べたことが、昭和五三年八月から本件当日までに少なくとも五回、本件当日以後も同様に少なくとも八回あること、及びその中には結局被告会社の指示に従わなかつた場合もあり、客乗組合が被告会社に対し、これらについて勤務協定違反である旨抗議していたことが認められ、これに照らすと、前記関河及び奥野の各証言はそのまま信用することはできない。
そして、<証拠>によると、少なくとも客乗組合としては、勤務協定に明文の定めがない以上、被告会社が一方的に勤務の変更を命じることはできず、その必要があるときは、個々の客室乗務員に対して任意の協力を要請すべきものとの理解の下に、前日の勤務終了時までにその要請があつたものや当日航空機の遅延によつて勤務時間が繰り下げられるものについてはこれに協力する反面、前日の勤務終了後に勤務時間を繰り上げる形の勤務変更が要請されたときにはこれに協力しないことを基本方針としていたことが認められる。
そうすると、<証拠>によつても、当日になつてからの勤務変更指示に応じた事例がいくつか存在することが認められるというにとどまり、被告の事実たる慣習の成立の主張は、その前提を欠き、採用できない(乙第二五号証の記載について、そのとおりの事例が存在するとしても、この理は同様である。)。
なお、被告は、同業他社においても、勤務変更について個々の客室乗務員の同意は不要という被告の主張と同様の運用がされていると主張し、前記奥野証言中にはこれに副う部分もあるが、右部分は具体性を欠くばかりか、<証拠>によると、全日本空輸株式会社と全日本空輸労働組合が昭和五六年九月五日に締結した客室乗務員の勤務に関する協定書には、付則二―二として協定の適用を除外する場合を列挙しており、その一つとして、主基地以外の空港において、気象状態、空港条件、機材条件等の航空条件に異常があつた場合又は他のスチュワーデスに病気、怪我、遅刻等の異常があつた場合を挙げ、その場合においても勤務時間、飛行時間及び離着陸回数の予定限度は右協定の定めるとおりとする旨定めており、更に付則二―三において、付則二―二により協定の定める簡囲を超えて勤務したときは所属基地帰着後三六時間以上の休養を与える旨定めていることが認められ、右各規定の趣旨は、要件を限定したうえで勤務内容の変更があり得ることを認める一方で、その代償措置を明定したものと解されるから、このような明確かつ包括的な規定を欠く被告会社における労働関係と右全日本空輸株式会社のそれとを比較して事を論ずることはできないというべきである。
4更に、本件勤務変更の指示は、原告の休養時間中に行われているところ、休養時間が勤務時間に含まれないことは被告の自認するところであるし、<証拠>によると、勤務協定には「休養時間とは、客室乗務員が連続三時間以上すべての会社業務から解放され休養をとる時間をいい、休養施設に到着したときから次の業務につくため同施設を出発するまでの時間をいう。)と定義されていること、本件当日のようにホテルが休養施設とされているときは、被告会社が指定したホテル以外には許可なく宿泊できず、宿泊費は被告会社が負担していたこと、及び被告会社の訓練部においては、客室乗務員用の訓練教材に「休養施設滞在中の不要な外出は極力避けることが望ましい。また、自己の居所は常に明確にしておくよう心がけ、特に、長時間ホテルを離れる場合は必ず先任客室乗務員またはそれに代るべき者にその旨を連絡し、できれば外出時における連絡先などを知らせておく。」などと記載し、客室乗務員らに周知させ、遵守を求めていたことが認められる。
被告は、休養時間の趣旨や、被告会社によるホテルの指定とその費用の負担及び右教材の記載から、休養時間は拘束時間である旨主張する。しかし、確かに休養時間は休日とは異なる趣旨のものではあるが、右主張は前記勤務協定の文言にそぐわないばかりか、右教材の記載は、その内容からすると、客室乗務員としての職業倫理を説いたものにすぎず、雇用契約上の義務とまで解することはできない。ホテルにおける宿泊費用を被告会社が負担することは、客室乗務員がその職務上自宅を離れてホテルに宿泊する以上当然の措置であり、被告会社がホテルを指定することも、それは宿泊場所を指定するにすぎず、右教材も長時間の外出を前提としているように、その間における客室乗務員の行動の自由まで制限する趣旨のものとみることはできない。したがつて、被告の右主張は採用できず、休養時間は拘束時間ではないというべきである。
5前記のとおり、勤務協定には、被告会社が勤務変更を一方的に命じる権限を一般的に有する旨の明文の規定、あるいは、これを当然の前提とした規定は存在しない。もちろん、このことから、直ちに被告会社にはいかなる場合にも勤務変更を命じる権限がないと断定することはできない。被告指摘の各条項が規定する事項はいずれも原則として何らかの勤務変更の必要性を生じさせるものでもあるし、そのほかにも、後記認定のとおり、勤務変更の必要な場合は非常に多く発生し、現に勤務変更は頻繁に行われているものであるから、勤務割表による勤務の指定という制度自体のうちに、既にその変更のあり得ることが予定されているということができるのである。
しかしながら、勤務の変更は、客室乗務員の休日や勤務時間の変更をもたらすこととなるのであるから、変更によつて客室乗務員の受ける不利益にも十分に意を用いるべきことはいうまでもなく、勤務の変更については、それを命じる使用者側の必要性とこれを受ける従業員の権利の保護の両面から考察し、その両者の調和点を見いだすことが必要である。
従業員の保護の点からみて特に問題となるのは、本件のように当日になつてからの勤務時間の繰上げを内容とする変更である。前日の勤務終了後当日の勤務の開始に至るまでの時間は、労働から解放され、自由な行動をすることができる時間であるにもかかわらず、勤務時間の繰り上げを命じられることによつてこのような自由時間の短縮を余儀なくされるのであるから、これにより従業員の受ける社会生活上の不利益は著しく大きいものといわなければならず、このような不利益の前には使用者側の業務上の必要性は一歩を譲らなければならない。したがつて、勤務時間の繰り上げを当日になつて命じることは、勤務協定にこれを認める規定が存在するか、又はその旨の事実たる慣習が存在しない限り、許されないと解すべきところ、前記認定のとおり、そのような規定や事実たる慣習は存在しないし、かえつて、勤務協定覚書中には、原則として被告会社に出頭時刻の繰り上げを命じる権限がないことを窺わせる規定も存在しているのであるから、被告会社には少なくとも当日になつてから勤務時間の繰り上げを内容とする勤務の変更を命じる権限はないと解すべきである。
更に、本件勤務変更の指示は休養時間中にされているところ、前記のとおり、休養時間が非拘束時間であることからすると、休養時間中には被告会社において従業員に対し連絡を取ることが事実上不可能な事態もあり得るのであつて(本件でいうと、原告がピックアップタイム直前に東洋ホテルへ帰つてきたような場合がこれに当たる。)、このような事態が発生したとしても従業員が業務上の義務を怠つたということはできないところ(休養時間中に常に被告会社と連絡を取れるような措置を講じておく義務は従業員にはない。)、このような場合には、予定時刻より前に出頭を命じるような命令を伝達すること自体ができないことを考えれば、上記の解釈の正当性が裏付けられるであろう。
6よつて、被告会社は、本件の場合、休養時間中にある原告に対し、勤務の変更をして直ちに出頭するよう命じることはできず、せいぜい任意の協力を要請し得たにとどまり、反面、原告は、その要請を拒絶し得る地位にあつたと一応解すべきである。
三 原告の行動の具体的妥当性
原告は前記のとおり一応被告会社の要請を拒絶し得る地位にあつたというべきであるが、他方、<証拠>によると、勤務割表の配布後、年休の取得者等により当初予定されていた勤務スケジュールの中に欠務者が生じ、その穴埋めのために他の者の勤務スケジュールを変更するなど、勤務割の変更を要することは非常に多く、現に勤務割表によつて定められた勤務が後に変更されることが非常に頻繁に行われていることが認められるのであつて、このことのほか、被告会社の業務の持つ高度の公共性及び原告ら客室乗務員に固有の特殊な勤務内容と勤務形態に照らすと、原告が右要請を拒絶することによつて、便が欠航又は大幅に遅延するなどし、被告会社はもちろんのこと多数の乗客が大きな不利益を受けることにもなりかねないのであるから、原告は、いかなる場合にも被告会社の要請を当然に拒絶し得るのではなく、被告会社の要請の内容とその原因、右要請の緊急性と代替性の有無、勤務変更により原告の受ける不利益の有無又はその程度などの具体的事情によつては、原告の要請拒絶が信義則に反するものと評価される場合もあり得るというべきである。
そこで、以下において本件当日の具体的事実関係を認定し、これに基づいて、原告の行動が右の趣旨に照らして妥当なものであつたか否かについて検討する。
1前記のとおり、本件当日における機材故障の発生とこれに伴う機材繰りの変更内容及びその前提となる被告会社の判断内容については当事者間に争いがないところ、原告は、故障を起こしたJA八五三七機に代えて当時羽田空港に駐機中のJA八五三二機を使用することも可能であつた旨主張する。しかし、証人関河真克の証言によると、JA八五三二機は、五〇九便(東京発札幌行)として午前一一時三〇分に出発予定であり、JA八五三七機の修理に着手し、その修復にかなりの時間を要することが判明した以前の午前一一時一〇分ころには既に乗客の搭乗が始まつていたため、これを三五九便として使用することは適当でなかつたこと、及び右時点において羽田空港には他にJA八五三七機と同型の機材は駐機しておらず、他空港から最も早く到着する同型の機材はJA八五三一機であり、これを三五九便として使用するのが最も妥当な措置であつたことが認められ、他にこれを左右するに足る証拠はない。したがつて、この点についての被告会社の判断は妥当であり、これと前記争いのない事実に照らすと、機材繰り変更に関する被告会社の判断はいずれも合理的なものであつたというべきである。
2次に、機材繰り変更に伴う乗務員の乗務変更の必要性について検討すると、前記のとおり、被告会社の判断内容と被告会社の採つた措置については当事者間に争いがない。
原告は、まず、九二七便の乗務員が引き続き三二六便に乗務することも可能であつた旨主張する。これは、九二六便と三二六便とは前記のとおり使用機材が異なることとなつたが、九二六便に使用されるべきJA八五三一機は、三五九便、九二七便及び九二六便と運航される間に当初の遅れを大幅に取り戻すことができるということを前提とするものである。しかし、前記のとおり三五九便はその出発時において約一時間二〇分の遅延が見込まれ、<証拠>によると、この遅延を回復する方法としては各寄港地における地上滞留時間を短縮する程度しかないところ、乗客の乗降、貨物の揚げ降ろし、燃料の補給などの必要から、DC一〇型機の場合は五〇分程度の地上滞留時間を見込む必要があり、ときにはこれより短い時間で足りることもあるが、運航計画策定のときはもちろんのこと、本件当日のように乗務員の乗り継ぎ可能性の有無を予測するに当たつては、確実を期するためにこれを五〇分と考えざるを得ず、右三五九便以降の当初予定ダイヤにおける地上滞留時間は福岡で五〇分、沖縄で六五分となつていたから、沖縄での地上滞留時間を五〇分とすることにより遅れを一五分回復し得るのみであり、そうすると九二六便の福岡到着は予定より六五分遅れの午後七時二五分と予想され、三二六便の出発時刻まで一〇分の余裕しかなく、九二六便の乗客の見送り、機材間の移動及び三二六便の乗客の出迎えに要する時間を合わせ考えると、九二六便の乗務員を引き続き三二六便に起用する場合は同便の出発が遅延せざるを得ず、他方、同便は前記のとおり行先である大阪空港の着陸制限時刻との関係で出発を遅らせることができないのであるから、右のような乗務員の継続起用は不可能と判断せざるを得なかつたことが認められ、これに反する証拠はない。したがつて、原告の主張はその前提を欠くことにより、この点についての被告会社の判断は妥当であつたというべきである。
次に、三二六便の客室乗務員選択の適否についてみると、<証拠>を総合すると、三二六便の出発時において福岡空港で勤務している客室乗務員は、スタンドバイ要員を除くと、右九二六便で到着するグループのほかには、三一九便で午後四時五〇分に到着するグループ及び三七一便で午後七時二〇分に東京から到着するグループしかなく、後者のグループは、九二六便で到着するグループ同様、乗り継ぎ時間が短いため三二六便には乗務不能であるから、結局、スタンドバイ要員を起用しない限り、三二六便に乗務し得るのは三一九便で到着するグループ以外になかつたことが認められ、しかも、前記機材繰り変更により両便は同一機材で運航されることになつていたのであるから、他に支障のない限り、両便には同一グループを乗務させるのが最も合理的であつたといえる。
ところが、当日三一九便に乗務を予定されていたのは乗務三日目の原告らのグループであり、同便に続いて三二六便に乗務して大阪に行くと、今度は、もはや大阪で東京行の最終便に乗り継ぐことができなくなり、その日のうちに基地である東京に帰着できず、勤務協定に反することとなるため、被告会社が右両便に原告らのグループに替えて林チーフパーサーのグループを乗務させたことについては、当事者間に争いがない。なお、右のような措置を採らず、原告らのグループ及び林グループともに当初予定の便に乗務させ、三二六便は福岡及び東京のスタンドバイ要員によつて運航することも物理的には可能であつたことは、被告の自認するところである。
被告会社の採つた右措置は、それのみを見ると、他に不都合の生じない限り、勤務協定をも尊重した妥当な措置といえるのであるが、被告会社は、右措置と同時に、前記のとおり、原告らのグループを当初林グループが乗務する予定であつた一五四便及び一五三便に乗務させ、更にその日のうちに東京に帰着させるために一二八便にデッドヘッドさせることとし、遅くともピックアップタイムに三五分先立つ午後一時四五分ころには原告にその旨を伝え、直ちに出頭するよう命じたのである。右勤務変更については、前記のとおり、被告会社がこれを一方的に命じることができず、単に任意の協力を要請し得るにとどまるのであり、結局、一五四便には後記のとおり尾崎戦時チーフパーサーのグループが被告会社の協力要請に応じて乗務したのであつて、大阪空港におけるスタンドバイ要員の人数等他に同便の乗務員を確保する方策については何ら主張立証がないことなど弁論の全趣旨からすると、同便の乗務員は右のような協力要請の方法によつて確保するほかなかつたと認めるのが相当であるところ、この方法はあくまで任意の協力に頼るという点で不確実であり、また、証人工良吉の証言によれば同便は成田での国際線乗り継ぎのため一時間以上の遅れは許されないという事情があつたことも認められるほか、要請に応じた者には予定外の勤務をさせる点で不利益の生じることもあるから、最善の方法であつたとはいいがたく、むしろ、原告及び林の両グループともに当初予定の便に乗務させたうえ、三二六便にはスタンドバイの要員を起用する方が、確実でもあり、各乗務員に不利益を与えないことにもなり、考慮に値する方法であつたと考えられる。
もつとも、被告は、当日は他にもスタンドバイ要員を起用すべき便があつたので、これを温存しておく必要があつた旨主張し、<証拠>によると、本件当日における起用が可能な被告会社の国内線のスタンドバイ要員は、福岡に三名(アシスタントパーサー二名、スチュワーデス一名)及び東京に一九名(チーフパーサー一名、パーサー一名、アシスタントパーサー六名、スチュワーデス一一名)配置されていたところ、前記機材繰り変更に伴い、DC一〇型機で運航される九〇九便(午後六時五〇分東京発沖縄行)をスタンドバイ要員で運航せざるを得ないと予想され、同便と三二六便を共に東京のスタンドバイ要員のみで運航すると、東京のスタンドバイ要員はスチュワーデス三名を残すのみとなることが認められ、これによるとスタンドバイ要員の起用はやむを得ない場合以外は差し控えるべき状況であつたと一応いうことができる。しかし、<証拠>によると、被告会社には以上のほか成田空港に国際線のスタンドバイ要員が数十名おり、やむを得ないときにはこれを国内線に流用して起用することも可能であつたこと、及び本件当日に現実にスタンドバイ要員を起用したのは右九〇九便の八名のほかにアシスタントパーサー一名にすぎなかつたことが認められ、これらに前記諸事情を考え合わせると、被告会社としては、まず三二六便にスタンドバイ要員を起用し、後に乗務員の確保が困難な事態が発生したときは、国際線のスタンドバイ要員の流用や本件当日に原告や尾崎のグループに対してしたような協力要請をして乗務員を確保する方がより適切であつたと考えられる。
3本件勤務変更の指示をめぐる原告と被告会社の担当者との折衝についてみると、前記のとおり、本件当日午後一時四五分ころ原告が東洋ホテルから大阪空港支店航務課に電話した際、同課の担当者が本件勤務変更の指示をし、続いて午後二時ころ羽田客室乗員部の水田先任チーフパーサーが原告に対して電話で同様の指示をしたことについては、当事者間に争いがない。そして、<証拠>を総合すると、本件当日、原告は、午後零時三〇分ころ食事のため同じグループのアシスタントパーサー三名と共に東洋ホテルを出て、午後一時四〇分ころ同ホテルに戻つたのであるが、その間、前記航務課の担当者が前記指示を原告に伝えるため同ホテルに電話をしたが、原告が不在であつたため同ホテルに伝言を依頼したこと、原告は、ホテルに戻つた際にこの伝言を聞き、前記のとおり航務課に電話をして本件勤務変更の指示を受けたこと、及び原告は、航務課担当者及び水田先任チーフパーサーの前記二回の指示に対して直ちに同意することはなく、当日における変更であることを理由に、客乗組合に了解を求めるよう依頼し、客乗組合の意思いかんによつて右指示を受けるか否かを決するという態度を表明したことが認められる。なお、<証拠>中には、原告がより早い時期に前記航務課からの指示を了知していたことを窺わせる部分があるが、右各証拠は、互いにその内容が矛盾している部分もあり、前記原告本人尋問の結果に照らし、にわかに信用できない。
しかし、前記のとおり、被告会社には右指示を一方的に強制し得る権限はなく、原告の任意の協力を要請し得るにとどまるのであるから、原告が被告会社の要請に直ちに従わなかつたことのみをもつて乗務を拒否したものと評価することはできないし、原告がその態度の決定を客乗組合の意思に委ねたことも、前記のとおり勤務協定覚書Ⅱ四は、被告会社が客室乗務員に対して例外的にショウアップタイム以前に出頭するよう指示できる場合でさえ、原則として事前に客乗組合にその理由を説明すべき旨定めているのであるから、これに照らすと、それ自体には格別の問題があるとはいえないと考えられる。
ただ、本件の場合、原告が右指示を受けたのは休養時間の終了に近い時刻であり、いずれにせよそれから制服に着替えるなどの準備をするうちには、本来のピックアップタイムにほぼ近い時刻になつたものと考えられるので、原告の対応にはやや硬直したものがあつたことは否定し得ない。しかし、これも、他の諸事情との総合の中で考慮されることではあつても、その一事をもつて非難さるべきものではない。
4その後、抗弁第1項(四)(1)記載のとおり、羽田客室乗員部の黒沢先任チーフパーサーが客乗組合の安慶名副委員長に対して協力を依頼し、安慶名が一五四便のみの乗務を認めるという対案を出したこと、同(五)記載のとおり、その間午後二時一〇分ころには被告会社の大阪空港支店が、尾崎戦時チーフパーサーのグループの了解を得て同グループを一五四便に乗務させることとし、羽田へもその旨連絡したこと、同(四)(2)記載のとおり、再び黒沢及び水田と安慶名とが電話で折衝した際、黒沢及び水田は勤務協定上原告に前記乗務を命じることができるとの前提で前記対案を拒否し、右乗務命令は勤務協定に違反すると主張する安慶名との間で押し問答をするうちに、右大阪空港支店の決定が伝えられたため右折衝を終えたこと、及び同(五)記載のとおり、同便には結局尾崎グループが乗務したことについては当事者間に争いがなく、<証拠>によると、右二回の電話の間に安慶名が原告と電話で連絡を取り、安慶名の右対案が受け入れられたものとの理解の下に一五四便の乗務のみとなる旨伝え、原告もこれを了解していたが、間もなくして尾崎グループによる乗務が伝えられ、原告は乗務に就くことがなかつたことが認められる。
右のとおり、結果的には原告は被告会社の協力要請に協力しないこととなつたが、任意の協力要請にはある程度の交渉時間が必要となるのはやむを得ないところであり、右経緯に照らすと、客室乗員部と安慶名との二回目の電話の際に押し問答となつた時点で右交渉は決裂したとみるべきであるが、それは、被告会社の担当者が勤務協定の解釈として本件のような勤務変更を命令し得ることを前提として交渉に臨んだことに主に起因するのであり、また、交渉決裂以前に大阪空港支店が一五四便に乗務すべき者の手配を完了していたのであるから、原告への協力要請はその時点において実際には必要性がなくなつていたというべきである。
5以上のとおり、原告への協力要請は当初から被告会社の業務にとつて必要不可欠の措置であつたとはいい難いし、右協力要請を受諾することによる不利益は特にはなかつたとしても、原告の対応に格別の問題を見いだすことはできず、右協力要請についての被告会社と客乗組合との交渉が決裂した主たる原因は被告会社の担当者の見解にあり、しかも、交渉決裂以前に協力要請自体が実際には不要なものになつていたのであるから、いずれの点からするも、原告の行動に信義則に反する点があつたということはできない。
既に見たように、被告会社においては頻繁に勤務割の変更をせざるを得ないし、また、そのように運用されているのであるから、このような実態を背景にすれば、被告会社が本件のような場合にも勤務変更権を有するものと理解していたこと自体には無理からぬところもあるが、問題は、その旨の明文の規定が勤務協定に欠如していることであり、これまでの運用は、客室乗務員の高い職業意識に支えられてきたものと考えざるを得ない。更に、本件の場合、仮に被告会社に右権限があつたとしても、前記3及び4に記載した一連の経過を率直に見れば、たとえ原告の対応に全く問題なしとはしないとしても、原告の行為は尾崎グループの乗務の結果としての不就労と評価すべきものであつて、被告会社がこれを乗務拒否ときめつけたのは性急に過ぎるといわなければならないのである。
四 本件各処分の効力
以上によると、被告会社には本件勤務変更を業務命令として一方的に原告に強制し得る権限がないのであるから、原告の行為が業務命令違反となるいわれはなく、また原告の行為を信義則に反するとすることもできないのであるから、原告が正当な理由なく就労しなかつたと評価できないのはもちろんのこと、被告会社の国内線パーサーとしての判断、指導、統率、規律、責任感等に不十分な面があつたともいえない。したがつて、本件各処分は、いずれもその前提を欠く違法無効な処分であるといわなければならないし、これらを前提とした請求原因第4項(一)ないし(三)記載の被処分事実の公表行為等もまた違法な行為と評価すべきである。(同項(四)記載の「デイリー・スケジュール」上の表示は、下位職代行を命じた場合の必然的な措置と言うべきであり、それ自体は違法な公表行為と目すべきではない。)
そして、前記認定の勤務協定等の内容、従来の勤務変更に対する客乗組合の被告会社に対する対応、本件当日における原告及び客乗組合の被告会社に対する対応、並びに本件各処分がいずれも原告の異議申立てないし再審議申立てを退けて行われていることに照らすと、被告会社には右各違法行為をするについて少なくとも過失があつたというべきであるから、右各行為は原告に対する不法行為を構成するものである。
五 慰謝料及び陳謝文の交付について
前記のとおり原告は、本件業務管理上の処分により、パーサーたる地位を有するにもかかわらず二か月間もその下位職たるアシスタントパーサーとして勤務させられ、その間の乗務手当等は下位職の単価により算出されたこと、また、原告は、本件懲戒処分により、平均賃金一日分の半額に当たる金額を昭和五五年四月支払の賃金から減額され、これにより基本賃金の定期昇給につき標準である三号俸の昇給を期待し得なくなつたことについては、当事者間に争いがないところ、<証拠>によると、右懲戒処分による賃金の減額は約六〇〇〇円であり、原告は右処分直後の昭和五五年四月の定期昇給において二号俸の昇給にとどまり、以後毎月少なくとも標準昇給である三号俸の昇給があつた場合との差額一八八八円の不利益を受け続けることとなつたことが認められる。
これらによると、原告は、違法無効な処分を受け、その処分を執行されたばかりか、これらの誤つた処分を前提として、請求原因第4項(一)ないし(三)記載のとおり、処分の事実や原告に対する非難を被告会社によつて公表周知され、しかも財産上の損害をも受けているのであるから、右各不法行為によつて、原告は名誉の侵害その他の精神的損害を受けたものと認めるのが相当であり、これを慰謝するには、以上の諸事情からすると、金二〇万円をもつてするのが相当である。
原告は、このほか名誉回復の措置として被告会社からの別紙(一)の陳謝文の交付を求めているけれども、名誉回復の措置として右のような内容の陳謝文の交付を命じることが許されるか否かについても問題があり、それはともかくとしても、原告は名誉の侵害を受けたものではあるが、それはいずれも被告会社の内部において生じたものであるから、被告会社のした本件各処分その他の行為が当裁判所の判決により違法とされること自体がその名誉回復の最大の方法であるということができ、その他本件事案の性質に照らすと、被告会社に右謝罪文の交付を命じることは相当でない。
よつて、原告の本訴請求は、本件懲戒処分の無効確認並びに慰謝料金二〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年四月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用し、仮執行の宣言は必要であると認められないからこれを付さないとして、主文のとおり判決する。
(今井功 片山良廣 藤山雅行)
別紙(二)
別紙(三)
別紙(一) 陳謝文 <省略>